「こんなのはカウンセリングじゃない」
リアリティ・セラピーの勉強会に、来談者中心療法のカウンセリング技法を学んでいる人が参加しているときに言った言葉と聞いた。両方とも学んでいる者として断言できることは、どちらも正真正銘の「カウンセリング」ということだ。
実際のカウンセリングの大きな目的として、「クライエントのため」に行うということは、どの流派でも共通のこと。しかし、根底にある理論や技法は、それぞれが作り上げてきた歴史の中から生まれているので、当然違う部分があるのは当たり前だ。
「こんなのはカウンセリングじゃない」と言った方は、ただ単に、「自分が学んだ以外の療法を知らない」「最初に学んだ方法がカウンセリングで、その道とは違うと見えるものはカウンセリングとは言わない」という固定観念からくるものなのだと推測する。
来談者中心療法のカール・ロジャーズ、リアリティ・セラピーのウィリアム・グラッサー。また、論理療法のアルバート・エリス、認知療法のアーロン・ベック、催眠療法のミルトン・エリクソンなど。
論理や技法など、アプローチがそれぞれ違うが、実際にクライエントが良い方向に向かうという事実があるので、他派のことを「これは違う」というのはお門違いなのではないか。
そして、その「こんなのはカウンセリングじゃない」と言われた方は、来談者中心療法でのクライエントとして、リアリティ・セラピーの勉強会の中で関わったという。
これが、おかしな話ということはお分かりになるだろうか。「悩んでいるクライエント」ではなく、「来談者中心療法でのクライエント」というところだ。ということは、「来談者中心療法での技法を待っているクライエント」ということ。すると、リアリティ・セラピーの勉強会の中なので、カウンセラー役もクライエント役も、お互いに違和感しか生まれない。
八百屋に行って、「牛肉も売ってないよ、ここ」と批判するようなもので、八百屋には野菜は売っているが、肉屋に行かなければ肉自体は売っていない。
ましてや、カウンセリングの訓練を、開始する時の前提条件がそもそも違うのだ。来談者(クライエント)ではなく、カウンセラー中心療法と言うべきだろうか。
なぜ、ここまで記しているのかというと、実は私自身もリアリティ・セラピーの勉強会の中で、別流派の「コーチング技術」で、カウンセラー役を行ったという失敗経験があるからだ。その時のクライエント役の方の表情は、「この人何やってるんだろう(あくまで、私が読み取った表情)」という感じだった。リアリティ・セラピーの技法を使ってのカウンセリングを行っていなかったのだ。
クライエント役といっても、リアリティ・セラピーとしてのフィードバックを後に分かち合うので、今何をやっているのか理解もできずに混乱させてしまった。この時の自分は、「とにかく、今学んでいるコーチング技術を試したい」という誤った考えしかなく、その場を大切にしている方々の時間を奪ってしまったという後悔や反省がある。
様々な流派の技術を学ぶことは、とても大切だが、それを行う場というものをしっかりと理解しながら訓練する必要がある。講座、勉強会など、目的に沿った技術で、まずは没頭してみる。それが行えず、以前に学んで身につけたものを場に持ち込んでしまうのであれば、一緒に参加するメンバーに迷惑となるので、新しい学びはあきらめた方が良いかもしれない。
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